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「人生はゲーム説」の矛盾

こんにちはKJです!
 
「人生はゲームだ」って言葉はポジティブな言葉に感じますね。
 
何か不運なことがあってもそれは自分の経験値を上げ、レベルアップするためだと思えば気が楽ですしね。
 
しかし、「本当に人生はゲームに例える事ができるのか?」と思ったときに矛盾があると感じてしまいました。簡単に人生をゲームみたいに楽しめというのも考えもんですね。

人生がゲームだと「死」がゴールになってしまう

人生をゲームに例えるとRPGなんかが一番しっくりきますよね。RPGだったらラスボスを倒せばゲーム終了です。
 
人生をゲームに例えるならゴールは「死」になります。死ぬことだけが唯一人生(ゲーム)をエンドさせる方法ですから。
 
ゲームだとラスボスを倒すために経験値を上げてレベルアップさせていくわけです。
 
人生だとラスボスが「死」ですよね。
 
「人生=ゲーム」だとすると僕らは「死」を目指して日々努力したり、奮闘していることになってしまいます。
 
けど皆さんそんなことないですよね?
 
僕らは今ある「生」を楽しむために頑張っているんですよ。今目の前にある目標を達成することに喜びを覚えるわけです。出世しかり、好きな異性を口説き落とすしかり、大金を得るしかり。
 
「目の前のボス(目標)を倒すため(達成する)ために経験値を積む」とう観点では確かに人生はゲームに近い側面もありますが、「人生」という一つのくくりをゲームに例えてしまうと楽観とは程遠い考えになってしまいます。
 
だって死に突き進むために努力するってむなしいじゃないですか。何やっても結局「死」のためですからね。「死」はネガティブなものじゃないですか。
 
ネガティブなゴールのために何かを頑張っているってアホらしくなってしまいますよ。楽観とは程遠い、厭世的な考えですね。

人生はゲームの寄せ集め

「人生はゲーム」だというよりは「人生はゲームの寄せ集め」って方がしっくりきますね。
生活している中でいろんな目標があるはずです。それぞれの目標をクリアしたらそのゲームは終了します。
 
例えばサラリーマンなんかでいくと、出世をしたい人は課長、部長、何てステップを踏んでいくために経験値を積んでいきます。仕事が一つのゲームです。
 
仕事以外にも結婚なんかしていると、子供を大学まで立派に育てるなんてことを目標にするかもしれません。子育てもゲームになりますね。
 
趣味なんかも持っていて、ゴルフが上手くなりたいって思って努力するかもしれません。ゴルフがゲームになりますね。
 
このように皆いくつもの目標を抱えていて、それを達成するために日々生活しているわけです。目標を達成したらそのゲームは終了し、また新しいゲームを見つけることでしょう。
 
こう考えると「人生はゲーム」なのではなく「人生はゲームの寄せ集め」なのです。

まとめ

人生ゲーム説もポジティブな考えだと思われがちですが、ちょっと見方を変えるとネガティブな考えに変わりますね。
 
言葉とは考えかた次第で印象がガラッと変わって面白いですね。
 
僕らも何気なく使っている言葉が人によっては全然受け取り方が違うこともあります。
 
時には人からどういった受け取り方をされるか良く考えて言葉を使うのも大事かもしれないですね。