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平凡サラリーマンからの脱出〜何ものにも依存せずに生きるには〜

平凡サラリーマンがいかに会社に依存せずに働いていくか

お金とは信用の形〜お金にできるだけ縛られずに生きるには〜

こんにちはkjです。今回はお金について真剣に考えてみたので記載しますが、
皆様はお金とどのように付き合っていますか❓各々の考えと照らし合わせて
参考になる事が一つでもあれば嬉しいです。

お金について真剣に考える

皆様は普段お金についてどのように考えていますでしょうか❓
Wikipediaにはお金とは貨幣もしくは通貨と定義されており、国家などによって
価値を保証された、決済のための交換媒体と位置付けられています。

私も同じく、生活していくうえでの必需品、またその他嗜好品、サービスを購入する
ための、つまり何かしらの消費活動を行ううえでの手段、媒体だと考えております。

私たちは欲しいものを手に入れる時は現金を使って手に入れる事が一般的だと思います。(一旦ポイントや電子マネー等は置いといて。)
お金という媒体があるからこそ私達は衣食住を満たせるのです。また、衣食住だけでなく自分の趣味嗜好品(車、酒、女etc)で自分の欲求を満たす場合にも≪お金≫という存在は切っても切り離せません。
自分の欲求を満たす、いうなれば自分の幸福を追求するためにお金という媒体を消費していくのです。より多くのお金が手に入ればより多くの欲求が満たせるわけで、この≪お金≫という存在のために私達は就職し、給料をもらい生活を営んでいるとうわけですね。

お金の消費とは信用しているという事の意思表示

 さてお金についての前提について考えたところでもうちょっと踏みこんでお金の価値について考えてみましょう。

皆様は何かお金を消費する際に自分基準で≪高い、安い≫といった判断を下してモノ、
サービスを購入するか否か決めると思います。
私も〇〇円以下なら払っていいという明確な基準はないですが感覚、経験則で≪高い、安い≫を判断して、購入可否を決めます。
例えばいたって普通の飲食店で何も特徴の無い牛丼が1杯2千円だったら私は注文しません。
これは吉野家松屋で500円ワンコインで普通の牛丼が食べれるので、感覚的に高く感じてしまうからです。
しかし、これが仮に松坂牛を使った牛丼となると2千円じゃ逆に安いと考え購入するでしょう。

 

上記のように私達がお金を消費する時は何かしらの信用に基づいて購入可否を判断するのです。
牛丼の例だと上質な材料を使用した牛丼には価値が生じますが、それは松坂牛が高級品で美味しいという信用があるからこそ、吉野家で提供される牛丼の方が安いにも関わらず相対的に高い金額の牛丼の購入を後押しされるわけです。

逆に吉野家で食べる牛丼は(手軽な価格帯で一定の質の牛丼が提供される)という前提、つまり安くて普通の牛丼が提供されるという信用があるからこそ私達はその牛丼にお金を消費するわけです。仮に500円ワンコインで購入できる牛丼でも一口サイズの牛丼が出てきたら二度と購入しないと思うでしょう。

何かに対しての信用があり、私達は初めてお金を消費するのです。

お金そもそもが信用の形

皆様は千円札の(物理的な価値)をご存知でしょうか❓
千円札1枚あたり14.5円で作れるのです。

 

不思議じゃないでしょうか❓
1000円=14.5円いう式が成立してしまいます。
矛盾しているようですが、これは日本という国が(中央銀行が)この銅のコインは10円、この紙幣は1000円の価値があると位置付けているからです。つまり国が紙幣、硬貨の価値を担保しているという信用が存在しているからこそ私達は貨幣の価値の大小を認識し、その価値に見合ったモノサービスを手に入れる事ができます。これは物理的な価値とは無関係に国が担保している価値という信用に基づいた価値になります。

上記に述べたように私達の消費活動は(国が担保した信用)を具現化したお金を
(モノサービス自体が持つ信用)に対して消費するのです。

お金に縛られずに生きるには

これについては意見が様々だと思います。
必要以上の欲求を持たない事でお金に縛られずに生きる事が出来ると考える方もいれば、自分が所有するお金の母数を増やして安心感を得る事でお金に縛られずに生きる事が出来ると考える方もいらっしゃると思います。

考え方に正解はないですが私は

・大多数に信用されているお金の母数を増やす

・自分がお金を消費しても良いと思える信用(モノサービス)対してのみお金を消費する事

 がお金に縛られずに生きる方法だと考えています。

自分が所有する皆に信用されているお金の母数を増やす

この考え方については今後の人生で私にとっては普遍の事実です。皆様も自分の貯金が100万円だった場合と1万円だった場合では心の持ちようが圧倒的に違うはずです。
そもそも1万円しか持っていないと衣食住という人間が生命活動を維持するうえでの条件が満たす事ができません。(衣住は最悪無くても良いかもしれないですが、、)

お金は私達が生命維持を営むうえで確実に必要です。また、自分の欲求を満たすうえでもお金という母体を増やす事は心の安定に繋がりますそもそも煩悩を捨てればお金からは解放されるという仏教なり何なりの宗教に基づいた意見もありますが、私は到底その考えに及ばないです。
程度の差こそあれ日本も確実に資本主義国であり、人々の間でも生活の格差は確実に存在します。生活レベルや人々の能力に如実に差がある中で、私はどうしても他者と比較する事で自分の存在意義を見出さざるを得ないのです。
共産主義のような社会だったらこのような考えに至っていないかもしれないです。しかし、明らかに人々の間に能力の差がある以上、当然社会からの信用力や必要とされる度合いにも差が生まれるわけで、私のような一般的な人間には、他者と比べる事で自分の存在意義を見出す事が出来ます昨今に至るまで、競争心が働く、より良い生活を求める事で国は発展してきて、人々に便利な生活を持たらしたきたので、この考えが悪徳だとも思わないですし、至って自然な事だと考えています。
追いつき追い越せ精神、国としての誇りがあるからこそ今の日本が先進国となり、生活水準の向上が図れたのです。

皆様は今更原始時代のような生活に戻れると思うでしょうか❓私は受け入れられません。
生活水準の維持、もしくは向上を図るうえで≪お金≫の母体を増やす事は必須です

ここまで述べた事を踏まえるとお金の束縛から逃れるには、心の安定を得るには
≪お金の母数を増やす≫事は自然な考えです。

また、皆が信用できるお金について触れておきます。
私達日本人は日本が発行しているお金は信用力があり、日本の紙幣を所有する事がお金の母数を増やす事に繋がると考えがちです。
しかし、仮に日本という国が破綻したらどうでしょう❓私達がいくら所有しても日本国外では何の価値も無いです。何も買えないでしょう。
極端な考えだと思いますが、他の資産(外貨、株など)と比べて価値が目減りする事は大いにありえるでしょう。日本円しか持っていない人は日本という国の信用が崩れた時に大きな損害を被ります。

日本円だけ持つな!という事を主張しているわけでは無く、私達が所有するお金の≪信用≫が今後どうなっていくか考えたうえで資産形成をするべきという事を伝えたいのです。

今後信用されて価値が上がるであろうものを所有する事で、所有する信用の価値がどんどん増えていき、結果として自分が欲しいものを手に入れられます。

お金を消費しても良いと思える信用(モノサービス)に対してのみお金を消費する

要は無駄遣いするなって事です!笑

何かを買うときに、本当に自分にとって必要なのか考えるべきです。
とりあえずセール品だから買っとこうなんて考えを持っていたらいつまでたってもお金
は貯まらないと思います。
本当に自分の欲求を満たしてくれるものだけにお金を使うべきです

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